昭和52年 月日不明 久富繁造之御霊様十年祭
テープ№51-150 B-4
御霊様の位が一段一段と進んで行くということは、例えば昔、士農工商と言った様に、同じ人間でありなが、士分の人、農業の人、工業、または商業と言う様に、身分の差というものを昔から作ってあった。今はそんなものはない、もう皆一視同仁である.また神様の目からご覧になっても一視同仁である。
けれどもこの御霊の位というのは、確かにはっきりした事である。例えて言うと、まあお百姓しておったり、商人の人が何か功績があると、名字帯刀というのが許された。言うならば百姓をしておっても、商人をしとっても、一番言うなら下に言われた商人でも、功績があると名字帯刀。いわゆる刀をさす事やら、又は名字やらを許されたもんでありますように、今日の御霊様の場合はもう、丁度あのお百姓をしておった者が、士分に取り立てられたと言った様な感じで、御霊の位が進んでおられると言う事ですね。
同時に私は大変有り難いと思ったことは、あのその様子をね、ちょうど少し、まあ着慣れないものを着てというか、その鎧兜を着けておられる様子を頂いたんですけれども、これはどういう事かと言うとね、甘木の初代の先生の御教えの中に、「われ良しと思う心を仇として、夜毎日毎に戦いて行け」、という御教えなんです。「われ良しと思う心を仇として、夜ごと日毎に戦いて行け」と。
本当に自分が出来るはずだと言う様に、自分が良い人であるように、という訳なんですね。自分というものが本当に分かり出したら、本当に相済まん私。もう本当に足らんだらけの私。分かって来れば来るほどに、そういう心の状態が開けて来るところに、いつも横着でない、わがままでない謙虚な心が生まれて来る。信心生活させて頂く者の尊いというのは、いつも自分を謙虚におけれるということだと思うね。
私は今日改めて分からせて頂いたことは、例えば天地の大恩という、天地の大恩恵というものを、これは御霊でも生きとし生ける私どもでも、もう誰でも彼でも一応に御恩恵を受けておるけれども、その御恩恵を受けておるとも知らず、受けておることも分からずにおるほど、人ほどつまらんことはない。人間だから生きとる。ただ空気を吸うとる、水を頂いとる、お米を頂いとる、着物を着ておる。
自分の金で自分が作ったというところには、感謝も何もない。信心が分かるということは、そういう天地の御恩恵が、ね、本当に神様のおかげで、神様の御恩徳の中に生かされてあると思うから、有り難い、勿体無いという心が生まれて。その有り難い、勿体無いという心が、いよいよ人間を幸せにして行かずにはおかん、幸福にしておかずにはおかん、幸福の条件が次第に足ろうて来る。
健康の上にも、経済の上にも、人間関係の上にも、ありとあらゆる幸福の条件が、段々足ろうて来る。それは、天地の大恩が分かる、天地の御恩恵が分かる。その御恩恵が分かって行くと言う事が信心。しかもからもう本当に世の中の一番不幸な者のように思うけれども、信心が分かって来れば来るほどに、手も不自由であり、足もこんなに不自由であるのにも関わらず。
今日このようにしてお生かしのおかげを頂いて、この様なお手当て、この様なおまかないを受けておるという、もうとにかく周辺を眺めたら、一番不幸せそうに見える、例えばんならここではですよ、勇さんの場合でもお礼を申し上げても、申し上げても足りんほどしのものを自分の周辺に感じれれる様になると言う事が信心なんです。
まして今度はそれとは、ならいわば反対の、今のなら勇さん辺りのように逆境にあるというか、人間の不幸っちゃこげんとじゃろうというような中にあっても、私ほどしの幸せな者があろうかというような心の状態が開けて来るということが、言うなら甘木の親先生が仰るように、「われ良しと思う心を仇として、夜毎日毎に戦いて行け」と言われるのです。私はこの辺のところを、今日は今日の御霊様のこのお祭りの奉仕をさせてもらって、特別分からせて頂いた気がするんです。
どういう訳に御霊様があの鎧兜を着けておられたかという事なんですよ今日。それはあ、気が付かせて頂いたのが、いわゆる、もう、夜毎日毎に戦って行っておられるということはね、人と喧嘩しておるというのじゃなくて、御霊ながらに様々な問題はあるだろう。人間の世界にもあるように、普通で言うならば、不幸にも見えるような事柄と一生懸命戦っておるね。
戦って、言うならば、ここでいつも言われる成り行きにと、成り行きに挑戦すると言うと言葉が悪いけれども、なら、その成り行きそのものと戦うて行くと言う事は、自然との働きの対決なんだ、人間の生き方は。自然に様々なことが起きて来る。それと対決をして行くこと。そこから、それに打ち勝って行く信心をさせてもらうと言う事は、どういう難儀と人が言うておっても、それを神愛だと悟らせて頂くと言う事なんです。神愛と悟らせて頂くということ。そこに有り難い勿体無いの生活が出ける。
今日の私は御霊達は、言うならば、言うならまあ、百姓から名字帯刀が許され、名字帯刀が許されたら、今度は士分に取り立てられた。そして言うならば戦いの様子と言う事は、喧嘩をしておるというのじゃなくて、起きてくる様々な問題。普通で言うなら、その難儀なら難儀という問題と対決して、それを自分のものにして行く。自分に都合の悪い事は嫌、都合の良い事だけが有り難いというのじゃなくて、都合の悪いことも一切を、お徳をより下さる、力をより下さる、より光が頂けれる、それを材料として、自分の心の肥やしとして行っておると言う様な生き方が、戦って行くと言う事なの。
甘木の親先生が仰る、夜毎日毎に戦いて行けというのは、都合の良い事ばっかりではない、嫌な事もありゃ、困った事もある。もう向こうに押し返したい様な事もあるけれども、そういう問題と対決しながら、私はあの、おられる姿を、今日は私、鎧兜の姿で見せて下さったんだとこう思う。
最近言われる、合楽理念をモットーにする。合楽理念を生活の生きる求めともさせて頂いて、行くと言う事は、一切を有り難く、都合の良いことだけでなく、都合の悪いことも有り難い。今朝からも皆さんに聞いて頂いたように、それこそ阿倍野の教会の、今名実ともに日本一と言われる先生は、女の先生です。今年83歳の先生。教師の資格を頂かれてから、ちょうど54年間になられるそう。
それが18の時に学校の先生をしておられたのが、一切を投げ打ってお道の教師になられて、そしてなられた時に感じられたことは、もう一切をどの様な事でも、有り難い、有り難いで受けて行こうと腹を決められた。教祖の神様が、此方の道は喜びで開けた道じゃから、喜びでは苦労はさせんぞと仰った。そういう生き方を本気ですると言う事は、もう、日々が始めの間は戦いであったろうと思うですね。
人から悪口を言われたら、どこが俺が悪いかと言うて押しかけて行きたいごとある。困ったことがあれば、あれがこうしたから困ったことになったとか、社会のせいにするとかという、自分というものが分からない。一切を有り難く受けて行くためには、いよいよ自分というものが分かって、我いよいよ屑の子であるという、今日お粥一椀が許されたというだけでも勿体無いです。
私共も修行始めはそうでした。もう一日に一椀のお粥さんが頂けることが、もう有り難うして有り難うして堪えじゃった。一年365日夏服一つで過ごさせて頂くということも、本当にこれで暖をとらせて頂いておるのであるから、毎日毎日推し頂いて、その洋服を着せてもらいよった。
そういう生き方を段々進めて行っておる内にです、なら、今の阿倍野のごひれいというのがです、ね、去年の十月には、十両編成の汽車三本で御本部参拝をされた。まあ、一箱に八百人乗ったとしても、ね、一教会から、3ぱ24、2400名の人がお参りをしたということです。
もうそれこそ沢山な人が助かる。たったその、今現在ではお婆さん。その一女の教師の先生が、すべての事を有り難く受ける。去年の御本部参拝の一番都合の悪か7日の日に、阿倍野教会は参るようにと言うて、御本部から通知があった。さあ信者がもう、10日なら土曜と日曜でちょうどよかと思いよったのに、7日に参って来いと言われたから、大変文句を言う人が出けて来た。
そん時に先生が仰っておられる事はです、神様がこのようにして力を下さろうとしておる。神様がこのようにしてお徳を下さるとしておるのを、お返ししては勿体無い。これは有り難く頂いて行くのが信心ぞ、と教えられた。その年から今までにいわば、阿倍野の教会のお参りが二千名て言われとった。列車二本を言われよったのが、その年から列車三本になったっち、いうんですからね。
だから例えば、もう本当に7日という日は、一番阿倍野としては参りにくい、都合の悪い日であったけれども、それを止むに止まれん心で押してお参りをする。これが戦って行く事なんです。戦って、しかも勝って行く事なんです。もう今日は例えば勤めの人が、日曜と土曜なら参ろうと思いよったけれども、もう、出ないから何かじゃから参られんと言わずに、ならわざわざ、その日は仕事を休んででも、お参りをするという人達が出けたからこそ、言うならば列車が一本増えた。
なるほど神様が力を下さろうとする働きであり、お徳を下さろうとする働きを無碍に断るようなことではいけない。これが、阿倍野の先生の54年間の御信心であった。それこそ、日本一の言うならごひれいの立つ教会として、沢山な人が、毎日毎日おかげを頂いて助かって行かれると言った様なおかげの話を今朝から皆さんに聞いて頂いたんだけれども。合楽で言うておる事も、同じ事を私が言っておるわけ。
起きて来る全ての事を有り難いと答えの出るところまで分かれ。信心が分かると同時に、自分が分からにゃいかん。自分自身が分かると勿体無い。今日の御霊たちはね、そういう働きに参画されておられる。そういう、今合楽で言われておる、合楽理念を立脚点として、御霊ながらに一生懸命にお徳を頂き、より働きを頂く、より光を頂くところの働きをしておられるという様子ではなかっただろうかと、私は思うた。
百姓から名字帯刀が許された。これだけでも位が上がった。それだけではない、士分に取り立てられた。いざという時には、鎧兜を着けて、第一線に立たせて頂けるような士分にも取り立てて頂いた。その戦いとはどういうことかと言うと、御霊様の戦いは難儀、様々な問題、自然に起きて来るところの、成り行きそのものとの対決に、一生懸命になっておられる。
それまで信心のなかった、こういう信心を送ってもらえなかった以前はです、ただ難儀は難儀と見て、神様のご恩も、それこそ日々お生かしのおかげを頂かせてもろうておる天地の御恩恵の中に生かされておっても、それを当たり前のようになってしもうた。世の中の多くの人はみんなそうなんです。生きとるとはもう当たり前。どうかある酸素吸入せにゃならん、どれだけの金がいるか。
それをお金も出さずに私どもは空気を吸うとるというだけでも、日々酸素吸入を高い金を出してさせて頂いておる以上のおかげを受けておるという事実んです。そういうおかげをおかげと分かる時に、有り難いなあ、勿体無い。お願いをして、先ほども福岡から参って来たように、医者が良うなっとる、自分ではもうおかげを頂いとるのだけれども、31日間もう、痛み続けておった
(テープの途中切れ)